今日の午後は俺のクラスが移動教室の為、昼時間もそこそこに教科書片手に廊下を歩いていた。
途中、トイレに行きたくなって、普段は入る事の無い、どっちかって言うと余り人の来ないそこへと入って行った。
独占欲
キィ…――。
人の通りが無いせいか、入口の押し戸は錆の擦れる音を小さく立てた。
やはり誰も居ない。薄暗い感じが更に孤独感を掻き立てて。
早く用済せて戻ろ。そんな事を考えながらベルトを外した。
「――埼玉に…来る、の?」
――?!
人が居たなんて全く気付かなかった。よく見れば、個室の鍵が閉まってる。
少し驚きはしたが、直ぐに冷静さを戻し体の向きを戻す。
「ったく…電話なら別のトコでやれよ」
小声で文句を言って。
「……三橋?」
その声には、独特の吃りがあった。
最初は驚きで何も考えていなかったけど、頭の中で繰り返す声は間違いなく三橋のそれで。
「っ、………」
声を掛けようと思った。でも、声が出ない。
理由は一つ。
気になるから。
ただそれだけ。
「か、叶君と会えるなんて……うん…嬉しい、よ」
三橋は俺の恋人。
そして、その恋人がコソコソと隠れて電話。
これは浮気というヤツなのか?
結局、俺は三橋に声を掛けないままトイレを後にした。
そのまま授業を受けて、終わって、気付けば部活の時間になっていた。
部室に集まるメンバー達。
三橋は田島と泉と仲良く入ってきた。
心なしか、何時もより明るい表情。口数も多くて、楽しそうに笑う声が耳に届く。
三橋が元気なのは良い事だけど、あの電話の台詞が頭を過ぎる。
だから素直に受け止めれない。
きっとその表情もアイツがさせているのだろうと。
俺は話し掛ける事はせず、一人グラウンドに向かった。
ゾロゾロとユニホーム姿の集団が集まって、部活の初めは瞑想タイム。サードランナーを意識して、一斉に目を瞑る。
俺の隣りには三橋。
差し出された手を互いに繋いだ。
三橋の手は、想像以上に暖かかった。
叶と会える事がそんなに嬉しいのか。
その後、瞑想タイムは終わって、一息。三橋の横に居た田島が嬉しそうに話しかける。
「三橋の手あったかかったぞ!元気なの??」
「う、うんっ!俺 げんき だよ!」
「そっかー!!!」
他愛も無い会話にすら苛立ちが募る。そもそも何で俺がこんなにもイライラしないといけないのか。
考えるのも阿呆らしい。
溜息一つ、阿部は三橋を置いて何処かへ行ってしまった。
「花井!キャッチするからストレート投げて」
「うえっ?!俺??」
阿部は三橋とやるもんだと思っていた花井は唐突な指名に驚きながら、まあたまには別の奴とやりたいのかな。そんな感じで簡単に考え、投球を開始した。
「阿部…く、ん?」
皆が徐々にグラウンドへと散って行く。三橋は阿部を探すも見つからず、辺りをキョロキョロ見渡していた。
と、耳に届く乾いた音。
そちらへ視線を延ばせば、バッテリを組む阿部と花井の姿。
「ぅ…あ……」
棒立ち状態で身動き一つとらずに硬直する三橋。一目で判るほど落ち込むその姿。
「違う奴と組むのも練習だろ?」
「っ?!田島…くん……」
「今日は俺と組もうぜ」
「う ん 」
グイグイと背中を押されて。
田島君の言葉を信じるしかないと、三橋は無理矢理自分を納得させた。
結局、最後まで阿部は三橋の側に近付く事は無かった。会話なんて有るわけも無くて。
さすがに三橋もこれ以上自分に言い聞かせるのは無理と表情を青褪めさせる。
大きな瞳に涙が溜まり始めた。
「お…俺の球 お 遅い から…」
立ちすくむ三橋を置いて、阿部は部室へと姿を消した。
その光景を傍観していた花井は直ぐに何かを読み取り、阿部と三橋以外のメンバーに耳打ちした。
トボトボと部室に入る三橋。それを見計らって、全員一気にバックを担いで。
「お先〜」
「鍵頼んだよ〜」
部室に二人を置いて帰ってしまった。
「っ…え 皆 何っ?」
そろそろ着替えを始めようか。
そんな瞬間に一斉に部室を離れるメンバーたち。凄い勢いでドアに吸い込まれるもんだから、三橋の脳が着いていかない。
「っ〜〜っっ…!!??!」
声が出ない。自分一人を置いて何で皆帰ってしまうのか。ショックの余り、瞳に貯まった涙がボロボロと頬を伝う。
――カタン…。
ドアを呆然と見ていた三橋は真反対の場所からの音に身を縮こまらせる。
恐る恐るそちらへと体を向けた。
「あ、べ…くん」
部屋の角に阿部の姿。良かったとホッと胸を撫で下ろすも、三橋の存在を無視するかのように背中を向けて着替えの最中。
部活初めから何か違和感のあるその態度。自分がダメピーだから仕方が無いけど、今まではそれでも話し掛けてくれる阿部君が居た。
だから、尚の事その態度の意味側から無い。
「阿部…くん?」
「……なに」
「な…なんで、も ない です…」
良かった。返事してくれた。
三橋の顔に僅かな笑みが漏れる。
今日は阿部君疲れてるんだ。明日になればきっと何時もの阿部君に…。
そう考え直した三橋。
再度、黙々と着替えを開始した。
「……何笑ってんの」
「ぅへっ?!」
角に居たはずの阿部が、振り向けば横に居て。その目は真っ直ぐと三橋を見据えていた。
冷たい、冷たい視線。
あの頃の様な自分への眼差し。
「阿部……くん?怖い…よ」
「……」
「なっ…何か言って よ 」
ジリジリと間隔が詰まる。三橋は恐怖に後退りを始めた。
離れない様に詰めて詰めて。
トン。
三橋は壁に突き当たった。
後ろに下がれないなら横へ。
タン。
すると、阿部の腕が逃がさない様にと壁に着き立てられた。
「やっ…阿部く、ん……どいて」
ジワジワと湧き上る恐怖に、視線を逸らす。逃げようと拒んでみるも、阿部の態度に変化は無くて。
「――…ってんなよ」
「え?」
「笑ってんなよ。マジむかつく」
言葉の意味が理解できなくて、それでも阿部が怒っているのだけは容易に見て取れた。
俺、何をしたんだろ。
阿部君を怒らせるような事。
やっぱり、球が遅いくせにピッチャーやり続けてるからかな。
俺、どうしたらいいの?
「判ん、ない……なんで…」
「判んない?」
コクコク、何度も頷いて。
「俺が何言いたいのかわかんねーの?」
再度、頷き。
すると、阿部の口から失笑が漏れた。
「ほんと、マジでムカつく」
「ごっごめ…」
「ごめんだけ?俺に言う事はそれだけか?」
阿部君が口を開くたび、
何かを問い掛けるたび、
俺は必死に理解しようと前を見る。
なのにその言葉は目から流れる涙に流されて、脳に到達する前に地面へと染みを作っていった。
「あ…阿部…くん 」
判らない。
阿部君が求めてる言葉が判らない。
だから。
だから、今俺が思ってる素直な気持ちを打ち明けよう。
辻褄があってなくても、答えが違っても。それでも、この気持ちは確かだから言いたい。
「き 嫌わ ない、で 」
今、震える声で三橋が言った その 台詞。ボロボロと涙を零して、縋る目の消えそうな姿。
毎回見てる、あの顔。
泣けば済むと思っているのか。
イライラと脳を支配する、闇霞。
いっそ、このまま押し倒してぐちゃぐちゃにしてしまおうか。そうすれば、このモヤモヤも消えてスッキリするだろうか。
「なぁ、三橋…俺に嫌われるの嫌か?」
「う、うんっ…嫌 だ 」
「ふ〜ん…」
三橋が口を開くたび、募る苛立ち。それは後僅かで爆発しそうな、そんな感じさえある。
思い通りにいかないのなら壊してしまえ。餓鬼が真っ先に考える、簡単な方法。
「脱いで」
「え…?」
「判んねーの?下に履いてるの、脱げって言ってんの」
「――?!」
漸く理解したらしい三橋は、当然、拒む様に体を硬直させて相変わらずの涙。
少しの間をおいた後、面白いほど震えた手でベルトを緩める三橋が居た。
そんなに嫌われたくないのか。
必死に涙を拭って、俺に従う。
自分は最低な男だと思う。
大切だと想っていたヤツを泣かせて、困らせて。そして、笑ってる。
アイシテル。
何て無様な台詞。
「三橋なんて……大嫌いだ」
「いっ…痛っ……あぁっ、く、ぅ…」
慣らしもせずに宛がって、三橋の蕾に捻じ込む様に突き刺した。
ギチギチと軋む間隔が伝わった直後、温い何かが二人の間を伝った。
「足、もっと開けよ」
「ひぅっ…ああぁっ…!」
苦痛に歪む三橋の顔。それを無表情で眺められる自分に吐き気がする。
下を覗けば真っ赤な血液が三橋の白い肌を汚して、綺麗だなって正直な感想。
「ぅ…あっ……阿部く、ん…」
懇願に近い、三橋の声。
視線だけを送れば、何か言いたげな目をしていた。
その目を見たくなくて。
俺は直ぐに三橋の体を反転させた。
三橋は床に顔を埋めて、泣き叫び、俺はそれを無視して腰を打ち付ける。
「あっぁっ…ふ、くぁっ……」
細い腰。
折れてしまうのではと思う位に。
ポタリ、落ちる自分の汗が酷く汚く見えた。
「あっ、阿部君っ……いやっ…も、やだっ」
拒むことを許さずに、俺は三橋を犯し続けた。
「あっ…はぁっ…」
泣いて、泣いて、泣いて。擦れてしまった三橋の声は、本当に弱々しくて。
「嫌い、に、ならない、で……」
呪文の様に唱える、
『嫌いにならないで』
嫌いになんてなる訳がない。あんなの、俺じゃない誰かが言ったんだ。俺はそんな事言うつもりじゃなかった筈なのに。
じんわりと、心の中心が熱を持つ。渦を巻く闇が晴れていく様な、そんな感じ。
でも、何度抱きしめても三橋の掌は冷たいまま。何とか暖めてやりたくて、放られた体を抱き寄せた。
「阿部、くん……」
「……ごめん」
「…ぇ」
三橋の双眸が俺を見つめる。意味が判らないと、不安に眉を寄せて。
「ごめん…」
何度だって謝るよ。だって、俺の視線の先には三橋の脚。
真っ赤な鮮血が足を伝って地面に落ちて、足首、手首には紫に変色した、痛々しい痣。
無理やり犯した爪痕が、こんなにもくっきりと映し出されている。
「ごめん、ごめんな…」
「阿部、くん……痛い、の?」
三橋が指を差したのは、俺の指先。見れば、指全体に広がる血の痕。
俺の血じゃない、三橋の血。
それを確認して、また謝る。ごめんごめんって、それしか知らないかの様に。
「痛い、から………泣いて、る、の?」
「……っ?!」
言われるまで気付かなかった。驚きに顔を上げれば、頬を伝う涙が俺の顔を濡らしていた。
なんて情け無い。
なんて格好悪い。
「っ、……嫌わないで」
嫌われたくない離したくない。今度は俺が、三橋に縋り付いていた。
「阿部く、んっ…」
「痛いんだ……三橋…」
「痛い…の?」
頷くと、三橋は直ぐに俺の手を包み込んでくれた。
「…違う…痛いのは、そこじゃない」
「え…何処 が 痛い、の?」
「…言ったら……直してくれるのか…?」
三橋の方が、傷付いて体が痛いのに。本当、最低な男だと思う。
それなのに何度も頷いて、頑張るよって俺を見る。
「心が痛いんだ」
「ココ、ロ?」
「三橋の事、好きすぎて…心が痛い」
我ながら馬鹿げた事を言ってるな、と自照の笑み。
「…ごめ、ん なさい 」
「ははっ、やっぱ三橋は謝るのか」
「俺の、せいで 阿部、君 痛い、んでしょ?」
「痛いよ。直してくれる?」
どうやって?
三橋は本当に悩んでいる様だった。
だから俺は、抱きしめてって言った。
素直に俺を包み込む体。
暖かくて、目を瞑る。
あれ?そう言えば、何でこんな事になって……何で、俺は怒っていたんだろ……。
「ああ、そうか…」
「何?…」
「三橋は俺の事、好きか?」
「すっ、好き だよ」
「田島より?」
「田島くん、は 友達 だよ」
ドキドキと煩い心臓。素直に聞けなくて、三橋を傷つけたあの話。
「じゃあさ………叶よりも?」
「叶君も…友達、だよ」
三橋が俺に抱きついてて良かった。三橋には何時も泣くなって怒鳴ってるくせに、今の俺はガキの頃よりも酷く大泣きしていた。
たった一言。
その言葉を聞きたかったんだ。
その一言が聞けずに傷つけて、泣かせてたんだ。
「もう一回言って。俺の事、好き?」
「好、き。大好き、阿部 くん 」
「もう一回言って」
「大好き 阿部、くん」
キスしてた。
優しい、優しいキス。
お互いに唇を離せば、目線が同じに繋がって、三橋はヘニャリと力無く笑った。
その笑顔に、癒された。俺もつられて笑っていたんだ。
あの時、どうしてこの笑顔を拒絶していたのか。
「三橋…独占欲って知ってるか?」
「どく、せん よく ?」
「俺、三橋を独り占めしたいんだ」
「ぅ、え…?」
何度言葉で好きといわれても、そこに三橋が居なければ不安になる。
「そんな我が侭通用しないのは分かってるつもり」
「阿部、く、ん…」
「だけど、止められないんだ」
今度は俺が三橋を抱きしめた。
細い体はすっぽりと俺に隠れてしまって、
「もう三橋を傷つけたくないから…」
三橋も答えるように、俺の首へと腕を回す。
外灯が漏れる窓より伸びた二人の影。一つに重なったそれは、それで一人の影の様に映っていた。
「その時は、またこうやって俺を抱きしめて」
もう二度と離れない様に。
醜い心が出てこない様に。
強く、強く抱き締め合って。
「また、キス…しような」
END
まだまだ子供。
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