昨日の放課後、田島君は女の子に呼び出されたとかで部活に遅れて来た。
みんなどーしたのと聞いてるけど、田島君はただ笑ってるだけ。

その事は俺と泉君と浜ちゃんしかしらない。
だって、誰にも言わないでって言われてたから。

恋に焦がれた少年達は



「三橋!」

窓の外を眺めていた。
まだ授業中だと思っていたのに。

「う、え……あれ?」
「何ぼーっとしてんの。次、移動だぞ」

慌てて辺りを見渡せば教室の中は閑散としていて、俺の横には呆れたと方眉を上げる泉君の姿。
田島君は………いない。浜ちゃんの姿も無いから先行っちゃったのかな。それとも、昨日の女の子のトコかな。

俺があまりにも辺りをキョロキョロ見渡してるもんだから、泉君まで一緒にキョロキョロ。
はた、と目が合って苦笑い。いそいそと授業の準備をして教室を出た。



どうか、田島君は科学室にいますように。











「おーい、こっちこっち!」

急ぎ足で教室に入れば、浜ちゃんが楽しそうに手招きしていた。

「あれ、田島は?」

直ぐに気付いた泉君。
浜ちゃんはニヤニヤと顔を歪めるだけで何も言わない。

ああ、やっぱりか。
俺は心の中で表現しきれないモヤモヤに溜め息を吐いた。

「―――?」

ポンポンポン。
三回、頭に柔らかく落とされた手。
誰かなと辿れば、泉君が俺に笑顔を向けていて。





「あー!田島ぁー!」

泉君の暖かい手に微睡んでいた俺は、またまた元気な浜ちゃんの声に肩を大きく震わせた。
直ぐさま入り口に視線を送り田島くんを探して、見つけた瞬間俺の心臓は誰かに捕まれた様にギュウギュウと苦しくなった。

「今の子が彼女?」
「さぁな」

浜ちゃんと泉君が話をする。
耳が俺の意思を無視して二人の話に聞き入って。

「なぁーなぁー三橋、今の子見ただろ?すっげー可愛いな」
「ぅ、ん」
「何だよ元気ないなー」

ごめんね浜ちゃん。何でか判らないけど、今は話をしたくないんだ。
女の人は見たよ。凄く可愛い人だった。田島くんに似合……、

「黙れ、無神経」
「イテッ……!」
「痛くないだろ!痛いのは三橋の方だ」

心臓がはち切れそうって時に、泉君が言った言葉が俺の思考をストップさせた。
痛い?俺は叩かれてないから痛くないよ?如何して泉君はそんな事を言うの?俺は大丈夫だよ。痛くない、痛くない。

「泣くな」
「ッ………!」

もう一度、あの暖かい手が俺の髪を乱暴に乱す。
何で俺泣いてんだろ。どうしてこんなにも心臓が苦しいの?如何してこんなにも体温に縋りたくなっちゃうの?

如何して、田島くんが居ないの?










「アレ?三橋泣いてんの?」

焦がれて焦がれた声が俺の真横で聞こえて。
ジワリと何かが溶け出す感覚。さっきまでキュウキュウ締め付けていた心臓の痛みも無くなっていた。

「泣いてない、よ!」
「何だよビックリしたじゃん。泉にでも苛められたかと思った」

何で俺なんだよって泉君が怒って、その横で浜ちゃんが苛められたのは俺だって訴えてる。
如何してだろう、今すっごく幸せな気分。痛いとか苦しいとか辛いとか、そんなの一切感じない。

俺の横には田島くん。
嬉しくって恥ずかしくって顔を見れないけど、シャツ越しに感じる体温が存在を知らせてくれる。

ふと、視線を感じて横を見れば、泉君と目が合った。
直ぐに逸らされたけど、凄く悲しい目で俺を見ていた。

さっきまでの力強い目が嘘の様に。










あの後直ぐに授業が始まって、俺と泉君は同じ班。
もう一度、怖かったけど泉君を見て、すると泉君も俺を見て笑ってくれた。

あの悲しそうな目は見間違いだったのかな?

「わー!田島ッよせ!」
「いいじゃーん!この方が判りやすいって!」

俺達の横が田島くんと浜ちゃんが居る班だ。急に騒がしくなってそっちを見れば、田島くんが実験用の液体を大量にフラスコへと投入して笑っている。
時間も経たない内にモクモクと奇妙な煙が上り、慌てて先生が駆けつけて田島くんと何故か浜ちゃんと叱られた。

怒られてるのに、楽しそうに笑う田島くん。
あの可愛い女の子と仲良くなったから嬉しいのかな。

馬鹿な奴等なんて声が聞こえた。言ったのは泉君。
俺はどう答えて良いか判らなくって右へ左へオロオロと視線を彷徨わせるしかできない。
するとまた視線がかち合った瞬間あの悲しそうな目が俺を見詰めてきた。

「そんなに田島が気になる?」
「え?」
「ずっと見てるから」

視線を少しずらされて、その先に見詰めるモノはなんなのか。
辛そうに歪む表情を見れなくて、俺もまた視線を下へと落とした。





「おーい、田島ぁー?ドコ見てんの」
「ん?ああ、別にー」

チリチリ焼ける、恋に焼かれて燃え尽きてしまいたい。
追いかけっこは、誰が誰に捕まれば終わりを迎えるの?















あの日以来、泉君の表情が気になって仕方ない。
俺が悪いのかな。そうなら謝らないと、なんて考える毎日。

田島くんは相変わらず楽しそうに飛び回って、時折クラスから居なくなるのはあの女の人の所へでも行っているのだろう。

そう、女の人。彼女だなんて思いたくない。
考えると胸が苦しくなるから思わない様にしてる。だからって苦しさが紛れる事は無いのだけれど。










今日は快晴にも拘らず部活が無い。
此処暫く根気を詰めすぎたとモモカンに言われ、文句を垂れる皆を宥めて今に至る。

田島くんは今日一日苛々してた。
大好きな部活が出来ないから。それは俺も一緒で辛かった。

「三橋!」

帰る準備をしていたら、教室の入り口で阿部君が呼んでいた。
大きな声で呼ばれて恥ずかしくって周りを見渡したら、泉君と田島君が少しだけ怖い表情で俺を睨む。

やっぱり俺、何かしたんだ。

謝らないとなんて思っても体が動かなくって、挙句、阿部君を待たせてるせいでまた大声で呼ばれた。
如何して良いか判らない。判らないけど、今は阿部君の元へ行かないと。謝るのは明日で良い。明日、謝ろう。










阿部君と話したのは野球の事。
今日休みって事は、体を動かすなって事で家帰ってもボール触るなよって言われた。あと、晩御飯しっかり食べろと朝飯はご飯三杯食って来いって。
柔軟も忘れるなよと付け加えられて、バイバイした頃には廊下の人通りも疎らな夕方になっていた。

教室に戻る途中のクラスを除き見ると人なんて居なくて、きっと九組も俺が最後なんだろうなって思っていた。



――――ガタタタッ!



突然の音にビックリして身が縮こまる。
音源は九組。俺の体は無意識に教室へと駆け込んでいた。

「―――ッ!?」

勢い良く戸を引けば、そこには息を荒げた田島くんの姿。
一人……なのか、否、もう一人居るはず。だって、小さく唸る声が聞こえる。

「泉、くんッ!」

引っくり返った机に埋もれる形で泉君がしりもちを付いていた。

「三橋……」
「なっ、なんでッ」
「お前には関係ない」
「でもッ」

体中恐怖で震えたけど、今そんなこと言ってる暇は無い。はやく、何とかしないと。
俺は無我夢中で泉君の下へ駆け寄り、体を起こし、ペットボトルに入ってる水でタオルを濡らして頬に宛がった。

まだ体の震えが止まらない。怖い。怖い。

「おいッ!」

泉君が俺の後ろ目掛けて大声を出した。
そこには田島君が鞄を持って背中を向けている。

「まだ話し終わってねーぞ」
「……もう話す事なんて無いし」

そう言って一人、教室を後にした。
残ったのは俺と泉君だけ。重苦しい沈黙が耐えられなかった。










「泉君、立てる?」
「おう」

痛そうに頬に手を当てながら、ぎこちなく身を起こす。
立ち上がった事を確認して、俺は泉君の鞄を取りに行こうと足を踏み出した。

「―――ッ!」

急に腕を摑まれた。そのまま体を引かれて、気付いたら俺より広い胸の中。

「いっ…いず、み……くん?!」
「田島が好きか?」
「え?」
「俺は三橋が好きなんだ」

頭がついていかない。何?泉君は今、なんて言ったの?

「ずっと見てた。田島ばっか見てる三橋をずっと見てきたんだ」

あの科学室の事を思い出した。
あの時のあの目、悲しそうにしてたのは、俺が田島君を見てたからなんだ。

なんて冷静に考える自分に嫌気が差す。

「ッ?!いやッ………!」

不意に視界が暗くなったから何が起きたのかと見れば、泉君の顔が俺の顔にあと数センチでくっ付きそうな距離。この後どうなるかなんて、さすがの俺でも知ってる。
嫌だと突き飛ばしたのは無意識。泉君はビックリした顔をしていた。勿論、俺も。

「ご、ごめッ……」

罪悪感か何か。俺は溢れ出す涙を止められないまま何度も謝った。

「……判ってたけどね」
「え……?」
「三橋は田島が好きなんだろ?」
「俺、が?」

言われても判らなかった。
俺は田島君が好きなの?そんな事、考えもしなかった。

「行けよ。アイツ、待ってるんじゃね?」
「アイ、ツ?」
「そう、アイツ。早く行かないと今度こそキスすんぞ」

そう言われて、俺は慌てて鞄を抱え教室を出た。
ごめんね、ごめんね、それだけが俺の頭を占領して、誰が待ってるなんて考える余裕なんて無かった。















「三橋」

閑散とした自転車置き場。
そこの柱に凭れ掛かる様に座る田島君の姿。

さっき言ってたアイツって……、

「泉と付き合うのか?」
「なん、で?」
「俺は三橋の事、好きなんだ」

あの時と同じ言葉。
繰り返す言葉に恐怖を感じる。でも逃げ出そうなんて思わない。

だって、

「……田島、くんには…彼女…」
「いないよ」
「うそ、だ…ッ」
「あの日、呼び出された日に告白されたよ」

ああ、またギュウギュウと心臓が締め付けられる。
これは、田島君が好きだから……なのかな。

「でも断ったんだ。俺には好きな奴がいるからって」
「でも……ッ」

何で教えてくれなかったの?
聞きたかったけど、俺の口はガタガタと震えて声が出ない。

「教えなかったのは、泉の気持ちを知りたかったから」

思考回路を読まれたような答え。
その言葉に素直に驚いて、次の言葉に息を呑んだ。

泉君。
こんな俺を好きだと言ってくれた人。

「泉は三橋の事が好きなのかなって。三橋も楽しそうにしてたからさ、もしそうなら俺引かないといけないよなって」

田島君はそんな事考えてたんだ。
いっつも笑ってて楽しそうで、俺の事なんて思い出す隙間も無いと思ってたのに。

「でも、やっぱり三橋が好きで、泉になんか譲りたくなくて……ずっと我慢してたら泉に鈍感って言われて悔しくって、気付いたら殴ってた」

泉君の頬は真っ赤に腫れていて、凄く痛そうで見れなかった。
今の田島君も痛そうな表情をしている。だから、真っ直ぐに顔を見れない。

「三橋は……俺のことが好きなのか?」

ドキリ、飛び出す位に高鳴る心臓。
さっきの出来事とリンクする。

同じ台詞、同じ視線。
きっと、今の俺も同じ顔してるんだ。

「好き……です」
「本当か?無理すんなよ」
「無理じゃ、ない!」

俺が突然大声出したから、田島くんはビックリして目を大きく開ける。
妙な沈黙が二人の間を流れて、段々と居た堪れなくなる空間。





「くっつくならさっさとしろよ。俺、帰るに帰れないじゃん」





二人っきりの世界に舞い込んだ声。それは、ほんの数十分前に聞いた人の声。
殴られた頬に手を当てながら面倒臭そうに歩いて、

「俺はまだ諦めてないから。そこんとこ忘れんなよ」
「諦めさせるよ」

田島くんが真剣な表情で泉君を見詰める。
それを見た泉君も、気だるそうな態度から徐々に引き締まる顔。

「諦めれる位、三橋を幸せにするよ」
「へえ」

フン、と鼻で笑いながら、泉君は自転車の籠に鞄を詰める。
俺の横を通り過ぎる瞬間垣間見えた目は、悲しいなんて言ってない。

漕ぎ出した自転車はスピードを緩める事無く通り過ぎ、門を潜り小さくなる背中を俺はただ見詰めるしかできなかった。

「やっぱ泉にしとけば良かったって思ってる?」
「え……?」
「フクザツな顔してるから」

幸せにすると言った顔と今の顔。
本当に同じ人なのかと思う程差が激しい。

「俺、は…田島くんが、好きだよ」
「俺も三橋が好きだ」
「田島くんより、ずっとずっと好き、が、大きいよ!」
「俺の方がでかいって!」

身振り手振り大袈裟に表現して、これ以上表し方が思いつかなくなって頭をフル回転。
どうやって気持ちを伝えようかと試行錯誤していたら、フワリ、慣れた彼の匂い。

「た、じま…くん」

ギュウッと抱き締められて少しだけ苦しい。
肩に埋もれていた口を外に出して、顎を肩に乗せて、俺も負けじと抱き締め返した。

「三橋とこんな事出来るなんて夢みたい」
「………夢、じゃない、よ?」
「うん」










西日も沈んで完全な夜。
俺と田島くんは自転車を学校に置いて帰ることにした。

野球部で、瞑想で、手を繋ぐ事はあったけど、



「手、暖かいな」
「うん」



恋人同士になって繋いだ手は、ドキドキしてぎこちなくて大変だったけど、今まで以上に存在が近くなった気がして嬉しかった。

泉君のおかげで、俺は俺の気持ちに気付けたんだ。
恋に焦がれて苦しくて、そこから引っ張り上げてくれたのが泉君。

悲しい顔は見せれない。
ありがとうの変わりに、明日からいっぱい笑わないとと小さく決意した。

END

泉はキューピッドって事で。



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