大好きだって気持ちは変わらないんだ。だから、毎日お前の事見てるし、側から離れない。

だけど…

時々無性に腹が立つんだ。

これって、なに?



「今日は朝からキツかったな」

早朝練習が終わった西浦ーぜは、部室で着替えの真っ最中。宿題やったかーとか、数学めんどくせーとか。他愛も無い会話をしながら、時間は過ぎていった。

「三橋」
「な なに…阿部 くん 」
「つめ出せ」
「ぅおっ」

部室の角に腰掛けて、阿部はバックから透明なビンを取り出した。
その光景に興味津々なメンバー達。

「それ、マニキュア?」

真っ先に飛び付いたのは水谷だった。クラスの女がよく塗ってるからさ〜って一人語る。

「つめの保護液。マニキュアに近いな」

阿部はそう言いながらも、キャップを外し三橋の手を取る。差し出された三橋の爪は、男にしては綺麗に整えられていて。

「いつもは練習の合間にやってんだけどな」
「あー、ベンチでコソコソやってんのってソレなんだ」
「そう。ただ今日は田島が三橋を離さなかったから出来なかったんだ」

ギロリ、阿部の冷たい視線。睨まれてる本人は三橋の横で爪を見ている。

「三橋、それ、今度俺がやってやるよ」
「う…えっ 田島 くん?」

駄目だ。
すかさず阿部が口を挟む。

「なんで?塗るだけだろ?」
「三橋の手の調子も見てるし、塗るだけならこいつ一人で出来る」

暫くの間睨み合う二人に三橋はオロオロと戸惑っている。

「手の調子も見るよ」
「俺が見ないと意味ないだろ」

段々とこの場の空気が悪くなる。さすがにヤバイな。
そう感じた泉は、田島を連れて先に教室へと戻って行った。





誰も居ない教室に、泉と田島の姿。会話は無くて、ただ沈黙だけが空間を占める。
田島は泉の手を力一杯振り解いた。そして、そのまま自分の席へ。泉もあえて何も言わずに席へと付いた。



相変わらず、この二人しか居ない教室には沈黙だけが漂っていた。



その後、順調に集まるクラスメイト。おはよーとか挨拶をされるが、田島は外を見続けている。
何時も元気な田島を不審がる奴らもチラホラ。問いかけられた泉も、知るかよ、と不貞腐れ顔。

「お、おは よ 」

そろそろチャイムが鳴るか鳴らないかって時に、入り口付近で挙動不審な三橋の姿。
クラスの女に挨拶されただけなのにおろおろで、そのまま席について下を向く。
横の席の田島に時折視線を向けるが、反応が無くて。自ら話を切り出せない三橋は、結局下を向くしかできない。

暫くすれば、チャイムの音と共に先生が入ってきて、右から左へと流れる如何でもいい話をつらつら述べて授業が始まる。

眠気が襲い、空腹が体を支配する、長い長い午前中。それも終われば、待ちに待った昼休憩。
4時限の終わりを知らせるチャイムが鳴って、皆の顔に笑顔が戻る。

「飯食おうぜ」

弁当片手に泉が三橋の席へ。三橋は田島の席へ自分の机をくっつける。

何時もの風景。

ガタタッ。
勢い良く立ち上がった田島は鞄からゴソゴソと弁当を探り当て、そのまま出口へ。

突然の出来事に、三橋も泉も驚きに口をあける。田島はそんな事お構いなしで教室を出て行ってしまった。

「田島…くん…」

意味が判らないと言った感じの三橋。対して泉は大きな溜息一つ、その後は一切気にする素振りを見せなかった。

浜田を交えて三人での昼休憩は微妙な空気が確実に充満していたのは言うまでも無い。





結局、田島は1組に駆け込んだらしい。だからと言って、別段会話も無く、ただただ弁当をたいらげるだけ。
困り果てた栄口が9組に来たもんだから、行方が判明したのだ。それを聞いた三橋はボロボロと涙を零し、俺のせいだとうわ言の様に繰り返す。

「三橋、気にするな」
「でも…俺 の せい、だ」
「まだ本人から何も聞いてないだろ?」
「なんと、なく 判る ん、だ」
「考えたって仕方がないって」

ぽんぽんと宥めるように置かれた泉の手。三橋は首を屈めながらも、漸く泣き止んだ。

ガラッ!
三橋等の耳に入った引き戸の音。そこに目をやれば、田島が此方を睨んでいた。

「おー田島」

浜田は上半身を伸ばし、声を掛ける。三橋も何かを言いたそうに口をパクパクさせている。

「何で一緒に飯食わねーんだよ」
「……」
「言いたい事あんなら言ったらどーよ」
「……」

泉の問い掛けを無視して、田島は弁当を鞄へとしまう。再度、嫌な空気が周りを侵食し始めた。

「あ、あはは。もうそろそろ休憩終わるし…俺戻るね…」

流石の栄口も苦笑いしか出ないようだ。巻き添えを食らわないように、適当に挨拶して、一人、そそくさと教室を出て行った。

「っなんなんだよ」
「まーまー泉、落ち着いて」
「三橋、泣いちゃだめだぞ」
「ぅあっ…は、いっ」
「田島も話せる時で良いからさ、その態度の理由教えて」
「……」

終始落ち着いた態度を見せる浜田。苛立つ泉と半ベソの三橋をどうにか纏めて、一番の問題、田島からは返事なし。

やれやれと年寄りくさい台詞を吐いて席に戻る。



そうこうしてる間に、予鈴のチャイムが学校中に響き渡った。





相変わらず、眠気を誘う授業のオンパレード。そして、相変わらずの田島の態度。

三橋はどうにか振り向いてもらおうと、何度か話しかける素振りを見せるが、性格にまでなってしまったオドオド病は如何にもならないらしく。結局、挙動不審を先生に注意され、下を向いてしまった。

移動教室も無く、淡々と時間は過ぎ。さあ、球児お楽しみの部活タイム。どんなに嫌な事があっても、この時間だけは自然と笑みが漏れる。例に外れずに、泉の顔には僅かながらも緩んだ頬が見えた。

教科書を鞄に詰めて、洗濯したてのユニホームを鷲掴み、勢い良く振り返ればそこには三橋だけが佇んでいた。

「田島は?」
「さ……先に…」
「…そっか」

じゃ急ごうぜ。
泉は落ち込む三橋の手を取り、廊下を駆け抜け部室に向かった。





「相変わらず9組連中は早いなー」
「うん。俺が行く頃には必ず居るよね」
「俺なんて鍵開けるの相当急かされてるぞ」

部室の鍵当番は部長の花井が担当している。今日は何時もより早く来たのに既に田島が待ち構えていた。直後に来た泉と三橋に続いて、栄口等が到着した。

部室に入った田島はさっさと着替えを済ませグラウンドに向かった。何時もなら三橋を待って、二人で掛けて行くのに。

「なぁ、田島変じゃないか?」

真っ先に口を開いたのが、花井だった。確かに、なんて何処からともなく聞こえて。何があったの?と、泉に視線が集中する。

「俺らも訳判んなくてさ」
「へー珍しい」
「そうそう、今日なんて1組に飯食いに来てさー」
「マジで?!喧嘩か??」
「だから知らねーって」

着替えも適当に、皆が一斉に泉を囲む。それも当然、あの田島のあの態度に誰もが興味を持っていた。

「おい…何やってんだよ」

ギャーギャーと盛り上がっていたメンバーに掛かる冷めた声。振り返れば阿部と水谷が入り口の前で寄りかかっていた。

「三橋っ、急いで着替えろ」
「はっ、はいーーー!!」

阿部の怒鳴り声に、三橋以外の面子も着替えを再開した。あっと言う間に、部室はもぬけの殻となった。





「三橋ーー!!」
「ぅううっ……ごっごめ、ん なさっ 」
「テメッ怪我したいのかよ!!」
「ゴメンッ なさ いぃぃっっ」

グラウンドに響く怒声。
同時に細々とすすり泣く声。

栄口や花井が交互に様子を伺い、泉が泣き崩れる三橋を宥めていた。モモカンも今日の三橋のぜっ不調をかなり心配しているのだろう、途中、何度も休憩を入れて体調を伺う。同時に、田島の異変にも気付き、悩みが尽きない。

「花井君…」
「はい」

手招きで呼ばれて。
花井とモモカンは皆より少しはなれた場所で話し始めた。

時刻は夕暮れを少し過ぎた、それでもまだ明るい時間。話も纏まったのか、花井は駆け足で皆の元へ戻ってきた。

「今日はもう終わろう。さ、アップして上がるぞ」
「はぁっ?!何で?」
「決まったんだ。仕方ないだろ」
「……はぁ〜い」

納得のいかない表情半分、花井同様、仕方がないと納得の表情半分。全てが中途半端な感じで、今日の部活は終了。皆で部室に戻って着替えを済ませて、他の運動部の声が聞こえる中、自転車に跨り門を潜った。



「三橋」
「なに…阿部、くん」
「手」
「ぅお」

阿部が横に着く三橋に手を差し出した。反射で三橋も手を差し出し、合わさった。

「手が冷たい。今日は早く寝ろよ」
「うん。わかっ た 」
「んで、朝飯しっかり食ってこいよ」
「あり がと 阿部、くん」
「おう」

門を出て直ぐの十字路。そこで皆が其々の方向に散らばって行く。今日も同じ、この場所で手を振り家路に向かっていった。

一人黙って歩いていく田島を見て、三橋は何やら微妙な動きを見せる。

「行ってこい」
「泉、くん」
「気になるんなら、自分で聞けば済むだろ?」
「うん。泉君、は いい 人だっ 」
「明日、聞かせてな」

じゃ。
軽く手を上げて、泉は正反対の道へと進んでいった。





カラカラカラ。
一人の道路に響く車輪の音。



今日は本当に最悪な一日だった。

自分の目の前が真っ暗で。
授業も受けた記憶がない。
人と話した記憶さえない。

今だって考えてるけど考えてなくて、こんなの俺じゃないって判ってるけど、判っててもどうしようもないんだ。
グルグルグルグル気持ち悪い。大好きな野球だって、今日は嫌いだった。

「あーあ」

大きな溜息一つ。
再度、誰も居ない道に響き渡った。





「田島っ、くん!」

俺を呼ぶ声が聞こえた。その声に心臓が飛び出るほど跳ね上がって、同時に、グルグル黒いのが俺の頭ん中いっぱいになった。

「田島 くん!!」

振り向きたいのに振り向けなくて、勝手に足が早歩きになる。

「待ってっ…」

縋る様に掛けられる声。イライラが溢れてきた。

「三橋…」
「ぅ、あ…田島、くん なに?」

言ったらダメだって判ってるし、言うつもりも、考えてさえいなかった言葉。
傷付くって分かてるのに。きっと泣くんだろーなって。
なのに、俺の口は意思とは反対に言葉を発した。



「三橋見てると、イライラすんだけど」



「え…」
「三橋は一人で何もできないんだな」
「田島くん?」
「阿部とか泉とかっ…直ぐ誰かに頼ってさ」



「三橋なんて大嫌いだ」



考えるよりも早く口に出て、時折冷静な自分が出てきて驚きさえする。
言われた本人は、当然の様に驚いていて、あーあ泣いちゃったって、また冷静な俺。
このままうやむやに終わっちゃうのかなとさえ考えるほど。

なのに。

「ほ、ほんとだね」

帰ってきた返事は、想像もしなかったそれで。

「え…」

素っ頓狂な声で聞き返す。

「田島くんの言うとおり、お 俺っ」

元々聞きづらい三橋の言葉。そこに更に嗚咽が混じり聞き取りにくい。だけど田島はじっと耳を傾けて。

「俺っ…一人じゃ何にも出来ない…よ」

認めた。
反論なんて三橋は元々しないけど、認める事も珍しい。
でも、開き直り…にしては何処か引っかかる台詞。

「ムカつく…」
「う、ん…ムカつくね」

珍しい、饒舌な三橋。対して田島は視線を合わせず、外方を向く。

何時もとは逆の二人。

「田島くんに嫌われたら…俺何も出来ない…」

野球も…会話も…全部…。
消えそうな声で三橋が言った言葉は、田島の頭で何度も何度も木霊して。
ジワジワ…目頭が熱くなってきた。

そうか…今日、三橋が阿部に何度も怒られたのだって、泉が三橋の側から離れないのだって、全部…全部俺が三橋を無視してからだ。

「ムカつく…」
「田島くん?」

奥歯をぎゅっとかみ締めて。ビー玉みたいな涙がボロボロと床に落ちる。

「自分にムカつくよ…」
「な、なんで」
「ごめんな…三橋…俺、酷い事言ったよな」
「いっ、言ってないよ。田島くんは本当の事言っただけだ」

ブンブンと首を振って、三橋は懸命に違うと訴えかける。

「三橋の側にずっと居たいよ。三橋が誰かと話してるだけで…俺が俺じゃなくなるんだ」

人を好きになることが初めてで、ずっと側に居たいってのも初めてで…。
三橋と出会ってから始めてがいっぱいで。
好きだって気持ちは分かった。大切ってのも良く分かる。

でも、今の俺はなんなんだ?
この気持ちって、何?

兄貴にオモチャを取られた時に思う、クヤシイに少し似てるけど、でも全然違う。
なんか、こう…腹の中がグルグルグルグル黒いのが渦巻いて、頭真っ白なのに、イライラして。

「俺も…田島、くんの 側 に居たい よ 」

今までずぅっと悩んできた、グルグルする気持ち。結局、それは分かんなかったけど。

「へへ…なんか嬉しーな」

服の裾で力一杯目を擦った。ヒリヒリしてちょっと痛い。

でも、まぁいっか。
なんか今俺、すっごく楽しい気分!モヤモヤも、グルグルもぜーんぶなくなってすっきりした。



少しずつだけど、この気持ちがなんなのか二人で探してみよう。

もう二度とあんな思いしたくないから。




END

少しずつ大人になっていく。そんな感じでこれからも書ければ良いなと思う今日この頃。



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