休憩時間になればサーカスの様な動物園のような声が飛び交う学校内。
その声は全て女子が出すもので、それに混じって轟くのは田島の声。
その他の男子なんて笑ってるけど静かなものだ。
つまりは、そう言う事。
男子たるもの口を慎めってね。
男は背中で語るもの
「おはよー」
早朝練習の無い今日。
田島は大きな欠伸一つ、教室内へ静かに入ってきた。
「何だよ、風邪か?」
昨日までの粋の良さが嘘のような声に、数分前に来ていた泉が訝しげに顔を覗き込む。
「ん、元気だよ?それより三橋は?」
健康そうな顔に真っ白な歯をキラリと見せられ、ただの寝不足かと小さく安堵。
人の気を知ってかしらずか、当の田島は三橋を探し辺りを忙しなく見渡していた。
「阿部んトコだよ」
「また?」
「恒例だろ恒例」
阿部はしつこい奴だなぁ。
なんて大袈裟に溜息をついて見せるも、やはり何時もの炸裂した田島には戻らない。
「変なもん食った?」
「何で?」
「静かだから」
「そう?」
「そう」
言葉遊びのように繰り返していた二人に、力無い、寧ろ此方の元気を吸い取る勢いの弱々しい声が届く。
それが直ぐに三橋だと判って、泉はこっちにおいでと言わんばかりに手を上げて三橋の視線を向けさせる。
「お、おはよう。田島くん、泉くん」
ガタタッ―――!
唐突な大音に三橋をはじめ泉までもがビクリと肩を震わす。
見れば勢いよく立ち上がった田島が真っ直ぐに三橋を見つめ、何を考えてるか判らないあの目で一身に見つめていた。
そんな事をされれば嫌でも視線は釘付けとなり、された三橋は驚きと不安が織り交ざった顔で固まっている。
ほんの僅かな時間見詰めあった二人。
突然、田島は体の向きを反転させ俺と三橋に背中を向けてしまった。
何が起きたのか理解に苦しむ二人は互いに見詰めあい首を傾げるしかない。
「おい田島、大丈夫か?」
「何が?」
背中を向けたまま、白々しく答える。
三橋はと言うと、ただ田島の背中を見詰めるのみ。まぁ、俗に言う放心状態ってやつか。
微妙な空気が流れる三人の間に救済的なチャイムの音。
ホッと胸を撫で下ろす泉と三橋、逆に何かつまらなそうな田島。
とにもかくにも、喧嘩だけは止めてくれよ。なんて泉の声は誰に聞こえるわけでもなく、一人心の中で呟かれた。
一体何を考えてるのか。
田島の態度は朝の時から一向に変わる気配は無く、怒っているのかと思えばそうではないらしく。
理解できない行動に、いい加減泉は付き合いきれないと匙を投げた。
しかし田島の相手を止めた泉ではあったが、困り果てた三橋を無視することは出来ず、怯える背中を摩ってやったり気を逸らそうと話題を振ったりと休まるときが無い。
三橋はビクビクと相変わらず田島の背中を直視。
何故だか判らないけど、時間が経つにつれて田島君の苛々が募っている感じがする。
よく判らないがそう感じ取った三橋は何も出来ない自分に嫌気が募り、放課後にでも聞いてみようと小さく決意した。
俺、何かしたんだ。
早く謝らないと駄目だよ、ね?
そう思って。
「田島君、お、怒ってる ?」
今は放課後。
今日は丸々部活が無いので、何時もは真っ先に教室から姿を消す二人が誰もいない教室に残っていた。
「怒ってるよ」
「なん、で」
「だって、三橋ったら俺なんか無視して泉と楽しそうにしてさ」
「う……」
「結構寂しかった」
「ごめ……ん」
「ま、良いけどね。それよりどう?」
「どう、って……?」
不思議そうに小首を傾げると、田島は満面の笑みを見せてクルリと体の向きを変える。
三橋と向き合っていた筈の並びは一転、列に並んだような、会話をするには不釣合いな体制になった。
「俺の背中、語ってた?」
「背中、が、語るの?」
言ってる言葉の意味を上手く理解できない三橋は、悪いなと思いながらも潜む眉を隠さずに聞く。
田島と言えば、何やら優越感にでも浸っているのか、判らないと頭を悩ます三橋を見て小鼻を膨らまし顎を上げる。
「俺、何かあったらすぐ口が出るんだ。黙ってるのなんて性に合わないんだよね」
首だけをコクコクと上下させ、一人納得な田島に取り残された感が否めない三橋。
「で、この間じーちゃんと見た時代劇で、男は背中で語るものだって言っててさ。それ見て、コレだ!って」
だから今日は実践してみた。なんて、田島君は本当に嬉しそうに俺の顔を見た。
それを聞いて先程までの冷たいと感じていた態度の理由を理解した。同時に、俺は無意識なりにもその背中から発せられた言葉を聞いていたんだなと思うと、無性に照れてむず痒い。
「たッ田島君!」
意を決して名を呼んで。ん?と此方に視線を向けられた瞬間、俺は勢いよく背を向けた。
「三橋何してんの?」
さっきとは逆の、今度は田島が不思議そうな顔で自分を見る。
「俺の、背中 は 何か語って、る?」
ちょっと恥ずかしかったけど、背中から言葉が出るように一生懸命願う。
少しだけ居た堪れない感じもするけど気にしない。
早く俺の言葉を、気持ちを聞いて欲しい。
「………プッ!」
うーん、と唸りながら呪文の様に言葉を唱えていると、不意に田島君が笑い出して。
俺は何で笑われるのか判らなくて慌てふためき教室中を見渡した。
見渡せど何の変哲も無い二人きりの教室。
ああ、田島君は俺を見て笑ったんだ。それに気付いた三橋は恥ずかしさの余り体は硬直して頭は垂れ下がり、瞳には薄らと涙を溜めて笑が収まるのを待つしかない。
同じ事できると思っただけなのに。
笑われるんならやらなきゃよかったな。
盛大に落ち込んだ三橋は笑う田島を置いて帰ってしまおうかと自身の鞄を掴んだ。
「聞こえた」
ポトリ、たった今掴んだ鞄が静かに床へと落ちてゆく。
「三橋の言いたい事、伝わったよ」
背を向けていたままの体勢だったので、言葉は聞こえるが表情が判らない。
振り向けば済む事だと判っていても、その手を振り解けない。
背中に感じる体温が熱い。
「田島、くん」
「俺もだよ」
「……え?」
「返事だよ。三橋、背中で語ったじゃん」
そう言えばそうだった。
それにしても自分は何を語ろうとしていたのか。
笑われた事に反応し過ぎたせいで、伝えたかった言葉を忘れてしまった。
「お、俺……何て言ったの?」
「んー……秘密」
後ろから抱き締められて肩に頭を預けられ、返って来たのはまどろむ様な声。
「自分で言った言葉を忘れる方が悪い」
言葉だけ聞いたら多少突き放した感じもするが、それに混じって小さく笑う声が聞こえてくるもんだから落ち込むに落ち込めない。
「でも忘れんなよ。俺も、同じ気持ちだから」
「同じ?」
「そう。この気持ちは変わらないよ」
何だかよくわかんないけど田島君が力強くそう言ってくれた事に深い安心を得て、心配しなくても大丈夫だよなんて自分の声まで脳を駆け巡る。
「幸せ……かな?」
「幸せだよ」
「うん」
「ね」
背中が燃える様に熱い。
火傷しそうで、体の向きを変えた。
向き合う形になった途端また強く抱き締められて、今度は胸が焼ける様に熱い。
「明日からもコレで行くからさ」
「うん」
「たまには返事、聞かせてよね。ゲンミツに!」
一杯話をしてくれる田島君も好きだけど、それじゃ皆に聞こえてしまうから。
背中で語るって本当かどうか定かではないけど、それでも自分にしか聞こえない声があるのなら、それはそれで嬉しいものだなって思う。
明日からの秘密の会話が楽しみ。
だから今日は家に帰ったら急いでご飯を食べてお風呂に入って、宿題なんてやらずに早めに寝よう。
寝不足なんて絶対に駄目。
その背中が自分に何を語りかけてるのか、見逃さない為にも。
END
この馬鹿らしさがすきだったり。
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