「あ…阿部く、ん 」
「ん、なに?」
柔軟も終って皆が一息ついている時、阿部の側によってきたのは、視線を定めない三橋の姿。
名前を呼ばれて返事をするも、おどおどと下を向き一向に話が進まない。
阿部はハァ、と大きく溜息を吐いて、そしてゆっくりと三橋の頭にポンと手を置いた。
「何?言わないと分からないだろ?」
「う、あ…」
我慢我慢。
ここで怒ると三橋は泣き出す。
「き、今日……」
「今日?」
「お 親が 二人とも かっ、帰らなくて……」
「うん」
「お 俺、一人で寝るの こ、怖いか、ら…」
うんうん。
三橋の話すペースで頷いていた阿部。次の台詞に驚き、そして自分を恨む事になるとは考えもしなかった。
「だから…阿部、くん 一緒に 寝、てっ!」
お泊り会
「えええッッ?!」
阿部の雄叫びがグラウンドに響き渡る。当然、それに驚いた西浦ーぜは見事に集まってきて。
なになにどうした?また怒られたの?そんな事を言いながら、三橋の周りには一気に人だかりが出来た。
「あ、あのね…」
三橋は阿部に話したのと同じ事を皆に説明する。
その話を聞いて黙ってるヤツなんて居るわけがない。
「じゃー俺!俺が三橋と寝てやるよ!!」
「俺が行くからいいよ」
「俺の方が安心だよね」
次から次へと、蟻が砂糖に群がる様に三橋を囲み。
誰が三橋と添い寝するかで一悶着が始まってしまった。
が、珍しく阿部は無言を付き通す。
当然、その輪に参加をする事も無く。
理由は簡単。
自分が大声を出さなければ、皆が気付く事はなかった筈なのだから。
自業自得だけど、悔しさで顔を上げられないのだ。
グググ、と手に力を込めて感情を抑えるも、正直泣きそうだ。
折角、あの三橋が俺だけにって誘ってくれたのに。
「あ、あの…皆で来ても 大丈夫 だよ!!」
「え、マジ!!やったーーー!!!」
田島は大袈裟に歓喜の声を上げて。
周りの皆も、そわそわと落ち着きがなくなっていた。
悔しい。
三橋との時間を自分で潰してしまった。
恋人同士の大切な時間だったのに。
「ハァ…」
「阿部…くん?」
「……ごめんな」
珍しい、阿部が進んで謝ってきた。
と、こちらも珍しく、意味を直ぐに理解した三橋。
フルフルと首を横に振り項垂れる阿部へと笑いかけた。
部活も終って、自電車に跨る。途中コンビニによって、各自好きなお菓子を買って帰った。
三橋宅に着けば、話の通り誰も居なくて、真っ暗な家が野球少年達を見下ろしていた。
中へと入って、三橋は直ぐに風呂を沸かす。二人ずつしか入れないと気付いた面々は誰と誰が入るんだってまたもめて。結局、三橋は一番安全な西広と入る事になった。
順番を待つ宛ら、田島はブーブーと文句を垂らす。花井に叱られて更に拗ねてしまって、泉が半ば引き摺る様に風呂場へと消えていった。
程なくして全員が風呂を済ませれば、さあ、待ちに待った夕食タイム。三橋の母は皆が泊まりに来るのを判っていたのか、大きな鍋に特大ジャガイモの入ったカレー、そして三つの大きなボールにはサラダが準備してあった。
「「「うまそおっっ!!」」」
凄まじい勢いで鍋が空になっていく。美味しい!旨い!!いろんな声が交差して。ワイワイガヤガヤ楽しい時間は過ぎていった。
食事が終れば、後片付けも適当にしばし自由タイム。大型テレビにはサスペンスドラマが入っていた。
「誰だよこんなの入れたの!」
「犯人は絶対京子だ!」
「最後は必ず崖ってのが気に食わないな」
「チャンネル変えてよ〜」
「三橋〜AV無いの〜?」
合宿以上に盛り上がって、気付けば時間は十一時を過ぎていた。
本当なら寝る時間なんだけど、明日は日曜、部活は昼過ぎと言われたから焦る者など居ない。それでも生活リズムを大幅に崩すわけにもいかないので、そろそろ就寝の準備。
洗面台に列を作って、順番に歯磨きタイム。歯ブラシは三橋が準備した。なんでそんなにあるの?と聞かれた三橋は、判らないと頭を傾けていた。
そうこうして、欠伸をしながら客間に入って、押入れからあるったけの布団を引っ張り出した。流石に十人分は揃わなかったけど、揃えて並べれば十分なスペースは確保できた。
再度、場所取り争い。
三橋の横は、誰がいく?
睨み合いから始まって、討論、取っ組み合いに発展して、最後はお馴染み枕投げ。結果は、田島と栄口が権利を獲得した。
電気を消して、布団に潜る。直ぐにスースーといっぱいの寝息。
どのくらい経ったのか、ギシリと畳の軋む音。その後、直ぐに襖が開き一つの影が出て行った。
それに気付いたのは、三橋。誰だろうと考えながら、眠い目擦って後を追った。
「阿部く、ん…?」
部屋から出て少し歩いた所に縁側がある。そこはガラス張りで、見上げれば満天の星空。
阿部はただ静かにそれを眺めていて、三橋の声にピクリと肩を揺らす。
「三橋…起こしたか?」
「ううん。まだ…寝てなかった から 」
そか。
阿部は薄らと笑みを見せ、また空を見上げた。
「楽しく…なかった?」
「なんで?」
「阿部くん…元気なかっ、た」
三橋は視線を彷徨わせながらも恐る恐る出した手は、阿部の服の裾を掴んでいて。
阿部は無言で振り向き、自分の服を掴む手を包み込んだ。
そのまま自分の口許に宛がい、キスを落とす。
僅かに触れるだけのキス。それでも三橋は十分に頬を赤らめて、オドオド。
「ぅ、あ…」
「口にもいい?」
「ッ…!」
聞かれて返事もしてないのに、阿部の手は三橋の頬を両手で覆い、互いを重ねてきた。
今度は少し大人なキス。カチカチと時を刻む時計の音がやけに耳に響いた。
キスの余韻が残る、唇を離した直ぐに、三橋の目は真っ直ぐに阿部を捉えた。真っ赤な顔で、口をパクパクさせて。
「こっ…こんど、は ふ、二人で 寝よう、ね」
本日二度目の積極的な三橋。阿部は全身の毛が逆立つ位に驚いてしまった。
それと同時に、一緒の時間が過ごせなかった今日を三橋もまた残念に思ってくれていたのかな、なんて良い方に考えてしまう。
「今度はメールで約束しよう」
「うん 直ぐにメール、する ね」
実現するか判らない約束だけど、互いに繋いだ手は何時かのその日を待ち侘びるかのように、強く握り合った。
END
友情は大切に。でも、恋人との時間をもっと大切にしましょうね(誰に言ってんの)
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