需要と供給



夏も近付く初夏の頃、ついに試験が翌日に迫ってきたというこの日、三橋は複雑な気持ちだった。


「三橋は…英語はだいぶ出来てきてるんだけど、数学がまだっぽいなぁ。」
その前日、田島とともに英語をみてもらっていた花井に言われた言葉。
「田島は逆なんだよ。」
「じゃあ、俺と三橋足して2で割ったらちょうど良くなるんじゃねー?」にしし、と笑った。
「んなわけあるか!…明日、阿部に三橋の数学見てもらうように言っとくから。」
花井は呆れて溜め息を吐いた。
三橋はその後、翌日のことが気になって、花井の教える英語になかなか集中できなかった。

家に帰った三橋は、机の上を適当に片付けた。
「(ちょっとは、復習しとこう…かな)」
そして三橋は滅多に使用しない机で、勉強を始めた。


そして今、放課後。

三橋は教室に一人で居た。
「(阿部くん…遅いな…)」
三橋は机に伏した。
午後から頭が痛くなり、少しだけ熱っぽいと感じていた。
何故かは分からなかった。
「(これから…数学だ…)」
なんか…だるい…
三橋は自然と溜め息が出た。

「(阿部、くん…は、スキ…だけど、数学、は、キライ…だ。)」

と、その時、三橋の頭がわしゃわしゃと撫で回された。
驚いて起き上がると、阿部が赤い顔をして立っていた。
「あ、べくん…。」
「おう、待たせてごめん。」
「あ、へ、平気…。」
「…学校閉まるみたいだから、俺んちで良い?」
「あ、う、うん!(阿部くん家かぁ…初めてだ。)」
「じゃ、帰るぞ。」
そして二人は阿部の家へ向けて自転車を走らせた。


「ここ。」
「うわ…おっきい、ね!」
「三橋ん家の方がでかいって。」
と、阿部は自転車を停めに中へ入っていった。
「三橋のは…門のとこで良いから。」
「あ、う、うん。」
そして、阿部が鍵を使い扉を開けた。
「今誰も居ないんだ。」
「そ、そう、なんだ…?」
三橋は少しドキッとした。
「気にしないで上がれよ」「あ、お、お邪魔し、ます…。」

阿部が靴を脱いでさっさと階段を上っていく。
部屋の扉を開け、無造作に鞄を置いた。
「適当にその辺置いていいから。」
「う、うん。」
「飲み物取って来るから、待ってて。」
「うん…。」
三橋はきょろきょろしていた。
初めて来た阿部の家は、意外に広くて綺麗で落ち着いた雰囲気をしていた。
部屋も整理がされていて、三橋の部屋とは全く違うものだった。
「(阿部くんは、すごい…)」
三橋は鞄を阿部の隣りに置き、改めて部屋を見渡した。
ベッドに触ってみると、そのまま重さを適度に吸収した。
「!!」
初めての感覚に、三橋の好奇心がうずいた。
「(あべく…まだ来ないよね?…少し…だけなら…)」
と、遠慮がちにベッドに横になった。
すると、そのままゆっくりと、三橋の体重が飲み込まれていく。
「(気持ち、いい…)」
三橋の心に安心感が生まれた。その為か、再び頭が痛くなってきた。
体がダルい感覚も、戻ってきた。
「(なんだろ…)」
三橋はそのまま、少しだけ目を閉じた。


阿部は台所へ来た瞬間、冷蔵庫を背にしてへたり込み、溜め息を吐いた。
「(俺は好きだけど数学は嫌いってなんだよ!?いきなり言うか…?)」
高鳴る感情を抑えながらここまで来れた自分に、阿部は拍手を送りたい気持ちだった。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、二人分をコップに注いだ。
「(面倒だから俺もこれでいいや…)」
それらを適当な盆に乗せ、三橋が待つ部屋へ運び始めた。
「(勉強になんなかったらヤバいな…)」
いやいや、三橋の為だ頑張ろう。
阿部は必死に邪な考えを振り払った。

ドアを開けると、そこに三橋の姿はなかった。
「みは…」
し、と言いかけた時、ベッドの端の方で遠慮がちに丸まっている三橋を確認した。
何事かと思った阿部は、急いでテーブルの上に盆を置き、三橋を揺すった。
「三橋…。」
ゆさゆさと何回か揺すったところで、三橋は目を覚ました。
「ん…。」
「大丈夫か?」
「んー…。」
三橋は霞む目を必死に擦った。
ゆっくりと体を起こし、ベッドの上に座った。

顔はまだ眠気を帯びている。
はだけた制服からは、三橋の鎖骨と腹部が覗いていた。
阿部は思わず息を飲んだ。
「(ヤバいって…ヤバい)」
さらに三橋は、とろんとした甘い瞳で阿部を見た。
阿部は、自分の意志が意外と脆いことを悟った。
「三橋…」
ギシ…
ベッドのスプリングが軋み、阿部が三橋へにじり寄る。
状況を把握しきれない三橋は、首を傾げた。
「あ…べくん?」
「三橋、ちょっとだけ目瞑ってて。」
「ん…」
三橋は言われたままに目を瞑った。
再び軋む音がしたのと同時に、阿部は三橋の唇を掠める程度の口付けをした。
阿部はその時気付いた。
「…三橋。」
三橋は目を開けた。阿部が心配そうな顔をしている。
「なに…?」
「お前、熱あるだろ?」
「熱…?」
「それか、頭痛いとか。」
「う、頭…は、痛い…。」
やっぱりな。
阿部はそう言い、部屋を出て行った。

少ししてから阿部は耳温計を持ってき、三橋の耳にあてた。
「36.8…微熱か。」
ちらっと三橋を見る。
三橋はベッドから降りて教科書やノートを取り出していた。
「三橋…」
阿部は溜め息を吐いた。同時に、三橋がビクッと体を震わせた。
「いや、怒らないから構えるなよ…」
「うお…ご、ごめ…」

阿部は三橋の教科書に手を伸ばし、パラパラと捲り始めた。
「…!?」
と同時に、ノートも捲り始めた。
何が起きたのか分からない三橋は慌てた。
「あ、ああべ、くん…」
阿部はそれらを閉じると三橋に言った。
「これ、いつ勉強した?」
三橋は前日を振り返った。
「き、昨日…」
「昨日?どんくらいやった?」
「わ、かんない、けど、復習、した方が、良い…かな、て。」
いけなかったかな…と、三橋は内心ドキドキしていた。
阿部の頭の中で、何かがカチリと填った。

「お前さ、普段そんなに勉強しないだろ?」
「う…っ!」
三橋はうなだれた。
「だからだよ。具合悪いの。」
「え…?」
「普段から勉強しない三橋が、昨日勉強をしたから起こったんだよ。」
「うぅ…そ、そんな。」
「知恵熱って言うんだよ…子供みたいだな。」
そんなとこも可愛いけど。
薄く含み笑いをした。

さらに阿部は動揺する三橋に告げた。
「これ以上やって、もっと具合悪くなられたら嫌だから、今日は勉強ナシ。」
三橋はさらに動揺した。
「え、でも、テスト…」
阿部は三橋のノートに何かを書き始めた。
「俺がこれから、三橋がこれを見るだけで良い点取れるような、まとめノート作ってやるから…休んでな。」
阿部は三橋の頭に、ポンと手を置いた。
「そんな、悪い…し、迷惑じゃ…。」
三橋は罪悪感に包まれていた。
阿部はそんな三橋をちらりと見て、再び教科書とノートに目を落としながら言った。
「…俺は、三橋だからやってんだよ。」
「おれ…?」
「例えば田島が三橋みたいな状態になってても、俺は絶対こんなことしてない。」
教科書ノートから目を離す事なく、阿部は的確に、ペン等使いながらポイントだけを掻い摘まんでノートに写していく。
そして手を止めて、三橋を見つめた。
「わかる?三橋だから、俺はやってんの。」
だから、迷惑なんかじゃないよ。

その言葉に三橋は涙を流した。
「おーい…泣くなよ…。」
阿部がタオルを渡した。
「う…あ、べく…あ、あり、がと…」
そのままタオルで涙を拭きながら、さらに言葉を紡いだ。
「あ、べくん…だ、大、好き…だ!」
突然の三橋の言葉に、阿部の顔が突如真っ赤に染まった。
「(突然すぎる…)」
三橋はそんな阿部を不思議そうに見ている。
「阿部、くん?…うわ!」
そのまま覗いてくる三橋を、阿部は体ごと引き寄せた。
バランスを崩した三橋は、阿部に抱き付く格好になってしまった。
離れようにも、頭が重く思うように体が動かない。
阿部は逆に真っ赤になった三橋に、再び口付けをした。
名残惜しそうに離すと、抱き締めて言った。
「俺も、もうマジにヤバいくらい三橋が好きだよ。」
三橋にだけ聞こえるような音量でそう言うと、三橋は阿部に抱き締められながら嬉しそうに微笑み、阿部の頬に口付けた。

阿部は驚いたように、三橋を見つめた。
「えへへ…お、返し!」
照れ笑いをしながら俯く三橋を、阿部は再び抱き締めた。
「(なんだよ可愛過ぎるだろ…反則だって…)」
ぎゅう
「あべく…くる、し…」
「あ、あぁごめん…つい。」
阿部は三橋から体を離した。
それから三橋を見ると、意地悪そうに笑った。
「三橋、このまとめが終わったら、またさっきと同じことして。」
「さっき…?」
三橋が考え出す前に、阿部が自分の頬を指差した。
「さっきしてくれたやつ。」
「……うお!?」
「今度はほっぺじゃなくてこっちな。」
と、阿部は唇を指差した。
「うあ…!」
三橋は頭を抱えた。
「まだ時間かかるから、心の準備でもしとけば?…ただし、俺から離れないこと。」
と、阿部は三橋を、そのまま側に置いた。
「疲れたら、突っ伏してても良いからな。」
阿部は嬉しそうだった。
三橋は阿部の側で、次第にに出来上がっていくまとめノートを見ながら、その時に備えていた。




END

男前な阿部にノックダウンorzキモベより断然好きです男前☆
駒沢様、素敵な小説ありがとうございました!



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