最初に出会ったとき、オドオドした変な奴って思ってた。
クラスが一緒だって知って、話をするようになって、一緒の時間が増えて、
俺の話で三橋が始めて笑った時、凄く嬉しかった。
三星の時の話を聞いて、ああ、この笑顔を守っていかないとって思った。
だから、あの時あの話を聞いて嬉しかったんだ。
幸せなんだろうなって、これからは一杯笑えるんだろうなって。
なのに、あの日を境に三橋の笑顔を見る事が少なくなった気がする。
周りも以前に比べ、構う事もしなくなった。
昔の関係なら間に入ったんだろうけど、今は入れる隙の無い関係を築いた二人。
だから誰も手を差し伸べる事もせず、三橋は一人、泣いて謝ってを繰り返してるんだ。
笑って笑って
「泣いてるだけじゃ伝わらないだろッ!」
「ごめん、なさ いッ」
毎度恒例となった阿部の怒鳴り声。そして、三橋の泣き声。
然程広くない、けれど狭く無いグラウンドに、これでもかと言うほど響き渡る。
どこからか『あ〜あ……まただよ』なんて溜息混じりに声が聞こえて、俺は目を大きく開いてそいつを睨んでやった。
「なっ、なんだよ田島」
バチリと目が合えば、花井は驚いて眉を顰める。でも俺は睨む視線を和らげる事はしない。
「まーまー。あっちでもこっちでも言い争いなんて勘弁してよ〜」
すると、どこからか栄口が駆けつけて間に入る。
本当に困った顔の、良い人ぶるその笑顔で。
「何で栄口がこっちに来るわけ?」
「え?」
「三橋が泣いてるだろ?何で行ってやらないんだよ」
「だって田島のほうが………」
「俺の方が何?何も言ってないじゃん」
「そうだけど……」
苛々する。
なんでみんな遠巻きで眺めてるんだ?三橋が阿部に泣かされてるのになんで手を差し伸べない?まただよって何だよ。何度だって駈け付ければいいじゃん、何度だって慰めれば良いじゃん。
三橋は空回ってるだけだよ?頑張ってんの知ってんじゃん。そうだよ、阿部が一番知ってるのに何で怒鳴るんだよ。誰だって目の前で怒られればビビるって。判ってて大声出すなんて信じらんねぇ。
「阿部のバカヤローー!!」
気付けば俺が大声出してた。
当然、三橋は驚いて肩を竦める。周りも、監督も。
あ、阿部が凄い形相で走ってきた。三橋置き去りかよ、最低。
「田島テメッ……!」
「怖いって」
顔が近付きすぎて目しか見えない。その目は戸惑いと怒りを混ぜこぜにした微妙なもの。
そりゃそうか。突然バカなんて言われたら怒るよな。俺は本当にバカだから何とも思わないけど。
「怒鳴らなくたって伝えれるだろ?」
「はあ?」
「今だってほら、鼓膜破れちゃうよ」
人差し指を耳の穴にわざとらしく差し込んでやる。それを見て阿部は言葉を飲み込んだ。
横を見れば栄口が何か言いたそうに蠢いて、花井は完全に引いている。他の奴等は遠巻きと言うものに慣れてるのか、ある一線を越えない程度の距離を保っている。
「たっ、田島 くんッ」
時間的には短い、感覚的には長い間を置いてパタパタと緊張感のない足音、そして声。
「三橋は待ってろって言ったろ」
「う…ごめん、なさ」
丁度ピッチャーマウンドを中心に集まったメンバー。遠くを見ればモモカンが怒り顔で仁王立ちしている。貴重な練習時間を無駄にしてるんだ当然か。
「なぁ、田島」
「なに?」
「お前、最近変だぞ」
「そう?」
あー、阿部の声って苛々する。出来れば聞きたくないかも。
「ちょっと来い」
「何で?」
「話がある」
「俺は無いよ」
「俺があるって言ってんだ。此処じゃ練習の邪魔だから」
「はいはい」
そう言うと俺と阿部はモモカンの元へ行き理由を話し練習を抜け出す。
心配そうに眺めるメンバーともっと心配そうな三橋。その全部を置いて、俺達は給水場へ向かった。
「言えよ」
その場に着くなり阿部の一言。
「何を?」
「お前の思ってる事、聞いてやるよ」
「話あるって言ったの阿部じゃん」
「んなの口実だよ。本当に言いたい事あるのは田島だろ?」
見透かされた感じにムッとした。
本当に言いたい事があるって知ってるなら言わなくてもその内容が判ってんだろ?何だよコイツ、何でこんなに偉そうなの?
「阿部が嫌い」
「うん」
「それだけ」
取り合えず、根本的な事を言ってやった。これだけでわりとスッキリした。
「三橋と付き合って―――」
「違うよ」
続く言葉を目の前の男から聞きたくなくて言葉を重ねる。
違うって、本当。三橋が幸せならそれで良いんだ。
俺が言いたいのは―――、
「阿部と三橋の関係は知ってる。でも、嫌なんだ」
「嫌?」
「笑ってないんだ、三橋」
「……」
「三橋は笑ってないと駄目だ。悲しい顔は似合わないって」
阿部は何かを考えてるのか、下を向いたまま動かなくなってしまった。
顔なんて上げさせない。俺の大好きな三橋を困らせてるんだ。このままずっとそうしてれば良いと思う。ざまあ見ろ。
「……悪ぃ」
「え?謝るの?珍しいじゃん」
拍子抜け。
俺的にはこのまま放置して練習に戻ろうと思ってたのに。
「三橋が大切なんだ」
「……」
「アイツの為にって熱くなりすぎた」
アイツだって。三橋の事アイツ呼ばわりかよ。亭主関白は相手を不幸にするって姉ちゃんが言ってた。
「田島には感謝してんだ」
「感謝って何だよ」
「アイツが素直に笑える様になったのは田島のおかげだ」
おかげ?
おかげって何?え?そんな言い方……それじゃ俺がお前の為に頑張ってるみたいになってんじゃん。
俺は三橋が好きだから泣かないようにって側に居て、笑い顔が見たいからって一緒にふざけて……。
「……何様だよ」
体中の血液が脳天に集中するのが判った。
このまま噴出すんじゃないかってくらい勢い良く。
―――ガンッッ!!!
無意識に阿部を殴っていた。それも拳で。
「ッ……」
呼吸が整わない。悔しい、悔しい。
こんなの不本意だけど、俺はこの場に居られなくて逃げる様に走り出した。
―――ドンッ!
「うわぁっ!」
裏道から抜けようと猛ダッシュしていたら、そのままの勢いで誰かとぶつかった。
相手が吹っ飛ぶのが感覚でわかったけど、構ってられるほど余裕が無かったので無視を決めた。
「田島くん!」
俺を呼ぶ声。弱々しい三橋の声だ。
会いたかったような会いたくなかったような。でも、そんな事整理する前に俺は俺を無視して振り返った。
「何でッ……泣いてるの?」
「泣いてない」
「じゃあ…なん、で 悲しい顔、してるの?」
心底心配そうに三橋は俺の顔を覗き込んでくる。こんな優しい三橋を泣かせる阿部が憎い。
「三橋、笑ってよ」
「え?」
「笑って?俺に笑顔見せてよ」
言えば三橋はオロオロと四方に視線を飛ばす。
俺は真っ直ぐに三橋を見て、視線だけで拘束してやった。
「た、」
ヒヨコみたいな口をして、三橋は何かを言おうとモジモジ落ち着かない。
「田島、くんも 笑って、ね」
「俺も?」
「一緒に 笑おう!」
勢い良く吐き出された言葉に戸惑って三橋を見ると、三橋は俺を真っ直ぐ見て笑っていた。俺の大好きなあの笑顔。
ジワジワと黒い塊が溶ける感じがした。
頭の中が少しずつすっきりして、見るべきものが見えてくる。
笑うって凄いな。
どんなに嫌な事があっても笑えばたいした事無いじゃんって思える。
阿部が三橋を大切に思うのと一緒で、俺だって三橋が大切なんだ。
守りたいから厳しくするのも、守りたいから優しくするのも、結局は同じ大切って事。
「久し振りに三橋の笑った顔見たぞ!」
「う、お……そう かな?」
後で阿部に言おう。
三橋を泣かせる事があったら俺に声を掛けてくれって。また笑顔で阿部のもとに返してやるよって、そう言おう。
そうだよ。奪いたいわけじゃない。ただ守りたかったんだ。あの笑顔を守りたいだけ。
笑って笑って、泣いたらまた笑って。
それでいい。
「田島君の顔、おもしろ、い!」
「三橋もひょっとこみたいになってんぞ!」
「フ、フヒッ」
「イヒヒ」
よし、そうと決めたら今から阿部に会って伝えないと。
後でなんて呑気な事言ってらんない!殴った事謝って、んで、三橋の笑顔は俺担当ってビシッと決めに行こう。
END
田島は三橋の兄貴!って感じでどうですか?(何が)
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